さびしいカシの木 歌詞の意味・解釈

アンパンマンの作者やなせたかしの詩に基づく合唱曲

『さびしいカシの木』は、作詞:やなせたかし、作曲:木下牧子による歌曲集「女声・同声合唱による10のメルヘン 愛する歌」に収録された合唱曲。

歌詞では、山の上の一本のカシの木が、遠くの国に行きたいと空行く雲に頼み、一緒に暮らしたいと優しい風に頼むが、雲も風もどこかへ消えていってしまう。

そして年老いたカシの木は、やがてその寂しさに「慣れてしまった」と締めくくられる。これといった救いも無いまま、寂しさが打ち消されることも無いままに。

『さびしいカシの木』の歌詞の意味については様々な解釈が可能と思われるが、ここでは、作詞者であるアンパンマンの作者やなせたかし氏の生い立ちから、一つのストーリーを読み取ってみたいと思う(後述)。

【試聴】女声合唱 さびしいカシの木

【試聴】独唱:野崎由美(ソプラノ)/演奏:小原 孝(ピアノ)

やなせ たかし氏の父親は、新聞記者として中国で働いていたが、やなせ氏が5歳の時に現地で客死。弟は高知県で開業医を営んでいた伯父(父の兄)に養子として引き取られた。

やなせ氏はしばらく母親と一緒に暮らしていたが、母親が再婚するにあたり、大人の事情により母親とは離れ離れとなり、弟が養子となった伯父の家に「居候として」置いてもらうことになった。

親の愛情が必要な幼少期に、父親は遠い国で亡くなり、母親とは再婚時の事情で一緒に暮らすことはできないという過酷な状況にあった幼い頃のやなせ氏。

特に、どんな事情があろうと、母親と引き離されることが幼い子供にとってどれだけつらく悲しい出来事であるか。その心には、恐らく一生消えないであろう「寂しさ」が深く刻み込まれることは言うまでもない。

『さびしいカシの木』の1番の歌詞には、遠い国で亡くなった父親への思いが、2番の歌詞では、一緒に暮らせなかった母親への思いが、それぞれ暗示されているのかも知れない。

どんな過酷な運命であろうと、生きている以上、命ある限り毎日の生活を続けていかなければならない。子供であろうと大人であろうと、一生消えることの無い「寂しさ」とうまく付き合っていかなければならない。

望むと望まざるとにかかわらず、その寂しさに慣れていかなければならない。ただ、いくら慣れても寂しさが消えることはない。さらに、それに慣れてしまわなければならない状況というのは、それ自体がそもそも寂しい境遇とも言いうる。

長い年月を経て、ほほえみをたたえながら「寂しいことに慣れてしまった」という3番の歌詞にこそ、作者の生き抜く強さと「本当の寂しさ」が象徴されているようで、何とも胸が痛む。

関連ページ

学校・コンクールで歌う有名な合唱曲
『大地讃頌』、『手紙』、『YELL エール』、『心の瞳』など、小学校や中学校、高校の音楽の授業や校内合唱コンクール、NHK合唱コンクールなどで歌われる有名な合唱曲