ケ・サラ Che Sarà

合唱曲・ポップス/退屈で寂れた町を出て行くよ なるようになるさ

ベスト・オブ・ホセ・フェリシアーノ

『ケ・サラ Che Sarà』は、1971年に発表されたイタリアンポップス。ホセ・フェリシアーノ(José Feliciano)やリッキ・エ・ポーヴェリ(Ricchi e Poveri)盤が有名。

日本では、中学校や高校の卒業式などで歌われるほか、時期を問わず合唱曲や吹奏楽曲として披露・演奏される機会もあるようだ。

似たタイトルの曲としては、アメリカの女優ドリス・デイのヒット曲『Que sera sera ケ・セラ・セラ』(1956年)があるが、この『ケ・サラ Che Sarà』も同じ意味のタイトルで、「なるようになる」などと訳される。英語では「Whatever Will Be」。

歌詞の内容・意味は?

『ケ・サラ Che Sarà』の歌詞では、丘の上の町に住む青年が、「退屈で寂れた町を出て行くよ。友達とつるむのも止めた。なるようになるさ」と放浪の旅に出る決意を歌っている。

3番では、「初めてキスした初恋の女の子が気になるけど、いつか帰って来るさ」と後ろ髪引かれる思いも吐露している。

日本では「自由と平和」ソングに

原曲の歌詞の内容とは異なり、『ケ・サラ Che Sarà』が日本語の歌詞で歌われる場合、何故か「平和」「自由」という左翼的な政治思想を聴き手にさりげなく印象付ける歌詞が用いられることが多いようだ。

例えば、岩谷時子氏による1番の歌い出しの歌詞では、原曲では「俺の町は丘の上 Paese mio che stai sulla collina」のところが、なんと「平和で美しい国」と変えられ、出だしから「平和」という日本語版オリジナルのキーワードが登場する(原曲には一切出てこない)。

さらに、歌い出しが「押さえ切れない怒り こらえ切れない悲しみ」で始まる西村義明(にしむら よしあき)氏の歌詞になると、もはや原曲の内容は9割方失われており、ほぼオリジナルの内容となっている。

その内容とは、「決して負けない」、「決して倒れない」、「自由のために死を選んだ」など、過激な政治思想・革命思想が見え隠れし、1960年代後半から1970年前半にかけて日本で起きた政治運動の残滓が垣間見える。

政治的・思想的な色付けがされた日本語版ではなく、原曲のイタリア語の歌詞のままで鑑賞・歌唱していただくことを強くお勧めしたい。

ケ・サラ Che Sarà ホセ・フェリシアーノ

【試聴】Che Sarà - Jose Feliciano

【試聴】Ricchi e poveri - Che sarà

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